※この物語はフィクションです。
私が彼と出会ったのは、2月の寒い夜だった。
その日、私は彼氏の理人(あやと)との3年目の付き合った記念日だったが、仕事で出張先の大阪から戻れないことになった。そのことで、予約してたお店をキャンセルすることになり、理人とは電話でケンカをしてしまった。
でも運良く仕事を早めに終わり、東京のお家に帰れることなった。お店はキャンセルしてしまったが、代わりにお家で料理を作ったら、理人は機嫌直してくれるだろう。
私は彼が大好きだと言ってくれたオムライスとコンソメスープを作るために、会社近くの少し贅沢なスーパーマーケットに向かった。
(卵と玉ねぎ、人参、パセリ、それからシャンパンも買っていこうっと)
私は食材を選びながら、喜んで食べてくれてる理人の顔を想像して、思わず笑みがこぼれた。
(出張から戻ってきたことはまだ理人には知らせないで、後でビックリさせよう。おいしく作ったら、喜んでくれるかなぁ)
スーパーマーケットからの帰り道、誕生日に理人(あやと)からもらった指輪にふと目に入り、外はとても寒いのに、自然と心が温かくなった。
『咲希(さき)、誕生日おめでとう。突然だけど、結婚しよう。』
って、プロポーズしてくれた誕生日のことを思い出した。
(早く理人に会いたいなぁ)
早く会いたい気持ちで、足早に理人と同棲中のお家に向かった。
電車を乗り継いで、駅から2、3分のマンションは理人も私も便利で、3階から見える景色も、近くの商店街もすごく気に入ってる。結婚してもここに住みたいと思ってる。
きっと理人は寂しくさせたから、スネてるんだろう。たくさん抱きしめてあげて、それからオムライスを作ってあげよう。
1階でエレベーターを待つ時間も惜しくて、出張用の大きめのエディターズバッグを右肩にかけ、ビニール袋を左手に持ち、3階まで階段で上がった。
私は理人を驚かせたくて、鍵をさして、ゆっくりレバーハンドルを回した。
『ただいま』と言いかけたが、いつも見慣れてる理人のスニーカーと革靴とは違う、黒と赤のバイカラーのハイヒールが目に留まった。
状況がつかめないまま、左手に持っていたビニール袋の手を緩めてしまい、思わず落としそうになった。
(まず、落ち着こう。)
私はレバーハンドルを元に戻して、玄関のドアを静かに閉めた。
しばらく呆然と玄関前で立ち尽くしてると、手だけじゃなくて、体も震えてきた。
(どういうことだろう。あのハイヒールはなに?)
いっぱい疑問が湧いてきても、私はすぐに確かめる勇気もなかった。
何かの間違いかもしれないと思い直して、いつも開けっぱなしにしてるキッチンの小窓を開けて確認してみることにした。
静かに小窓を開けてみた。
私が料理をするはずだったキッチンには、上半身裸で煙草を吸ってる彼の後ろ姿と彼の腰に慣れたように手を回しながら、煙草を吸うショートカットの女の人の横顔があった。
目の前で何が起きてるのかを理解できないまま、彼とショートカットの女の人を見てると、めまいをしそうになり、急に息が苦しくなった。
(息が苦しい。ここには居られない。)
私はエレベーターも使わずに、急いで階段から1階に下りることにした。1階の床が見えた瞬間、私は安心したのか、足の力が抜けて、倒れるように下の方に落ちた。
痛いのか、悲しいのか、苦しいのか、どの感情が正しいのかも判断できないまま、その場で泣き崩れた。
どれだけ時間が経ったんだろう。
私は少しずつ落ち着いて、階段から落ちた痛みとビニール袋の中身が散乱した中に自分がいることに気付いた。
卵はぐちゃぐちゃ潰れて、新鮮そうに見えたパセリは萎れてるように見えた。
こんな時はお家で1人で思いっきり泣いたらすっきりするだろうが、今の私には帰るお家もない。これからどうしよう。
どこに行く当てもなく、手にスマートフォンを取った。会社、そして理人と友達からいくつかのLINEのメッセージと電話があった。
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